即納体制の強さはどこにある?FA業界での即納体制の強さに迫る
今回の記事ではFA(ファクトリーオートメーション)業界で即納体制が強い理由を解説していきます
「即納」とは、顧客が注文を出した当日に製品が倉庫から出荷されて翌日には顧客の手元に届くという納品体制です
FA業界では「最小の資本と人で最大の付加価値を上げる」ことを掲げて、50%超えの高い営業利益率を叩き出しているキーエンスが取り入れている納品体制として有名です
では、何故、FA業界では即納が顧客から評価されるのでしょうか?
実際にFA業界で営業に関わる筆者が、同業者の感覚も使いながら解説していきます
コンサルタントのようなFA業界外の人の説明よりは、現場感覚に近い説明ができるかと思います
キーエンスの即納体制を分析することで「強い販売体制」を作るためのポイントが見えてきます
結論:顧客は困っている。しかし、どこも実現できないことだったから
FA業界で即納体制が顧客から評価される理由は「どの顧客でも困る可能性が必ずある」からです
そして、キーエンスの即納体制が他社との大きな差別化ポイントになる理由は「FA業界で即納体制を構築することはメーカーにとって難易度が高く、かつ負担が大きいから」です
「どの顧客に対しても高いニーズがある」
しかし、
「競合他社が同じやり方をとることができない」
だからこそ、即納体制を実現しているキーエンスは同業他社に大きなアドバンテージを取れる状態になっています
工場設備の部品が手に入らないとどうなる?
ものづくりに関わる業界では、何故、即納体制が魅力的なのでしょうか?
ここからは、ものづくりにおける即納体制が顧客にもたらすメリットを説明するために、欲しい製品がすぐに手に入らないとどうなるか説明していきます
数百円〜数万円の部品がないことで莫大な損失につながる
FA機器の代表とも言える制御機器には数百円のものから百万円を超えるものまで、さまざまな製品があります
制御機器は生産工程を自動化するシステムを構築する機器だと思ってください
【例】
- 製品を加工する設備で、規定の位置に製品が置かれているかを確認するセンサ
- センサとコントローラ間の電気信号をやりとりするリレー(継電器)
- 各機器を設備に取り付けるためのソケットやブラケット
安いものであれば数百円〜数千円の機器もあります
しかし、その数百円〜数千円の機器がないだけでも工場の設備が動かせずに生産がストップしてしまう可能性があるのです
PLCやサーボモーターのような、簡単に他社に置き換えできない製品が欲しい時に手に入らないとなれば、更に深刻な事態に陥る可能性もあります
部品が入手できないことで起こりえる損失
ものづくりの現場で制御機器が入手できないと次のような損失が起こるリスクになります
【工場の場合】
- 工場の設備が動かせなくなり生産ができない
- 顧客への納期を守れなくなる
- 契約によっては納期遅延による違約金が発生する
- 顧客からの信頼を失い、今後の仕事が失注になる
- 遅れたスケジュールを取り戻すために残業や休日出勤を増やす必要が出る
- 従業員の負荷が上がり、業務に支障が出る
生産が止まっている間は製品を作ることができません
製品が作れなければ、売り上げが立たずに資金繰りが悪化します
納品を待っている顧客の仕事にも影響を与えてしまうのでペナルティが発生したり、今後の仕事にも悪影響が生まれます
生産が止まっている間も会社は従業員の雇用を守り、設備も維持していくための金額も掛かり続けます
更に言えば、残業代や休日出勤の手当のような本来は必要のなかった人件費を使って生産計画の遅れを取り戻しても、その分の金額を製品価格に上乗せすることも現実的にか難しい話です
このように工場では生産設備の部品が入手できずに生産を止めてしまうと売上・利益、信用、機会のあらゆる面で損失を生む可能性が発生します
また、工場用の生産設備や各種装置を製作するメーカーにとっても主要な部品が入らないことは死活問題になりえます
部品が入ってこない間は設備が完成できずに、代金をもらうことができません
完成できない設備の代金をもらえない間にも入手出来た部品の支払いはしなければなりません
最悪の場合は受注は十分にあるのに売り上げが上がらずに黒字倒産してしまう、ということにもなります
このようにFA業界では部品が手に入らないと大きな損失が発生します
だからこそ、顧客にとって注文した翌日には欲しい部品が届く即納体制は非常に高い価値があります
「部品がない」は、よくある話
部品が手元にないと大きな影響が出てしまうにもかかわらず、ものづくりの現場では「必要な部品がない」という状況はものづくりの現場ではよくある話です
一つの工場の中で使われている設備の保守品を部品ごとにピックアップしていけば余裕で数千〜数万アイテムくらいの数にはなるでしょう
そのすべてでスペアを持つことは現実的ではありません
また、設備の故障以外でも製品を壊してしまうこともよくあります
- 生産設備の操作ミスで部品を壊す
- 組み付けミスで部品を壊す
- 配線を間違えて制御機器の電子回路が焼ける
- 制御機器自体を操作ミスで壊す
スペアを持っていたのに、そのスペアまで壊してしまうことも十分あり得ます
更に言えば、想定違いや発注漏れで急遽部品が必要になることもよくあります
例えば、顧客ごとに特注で生産設備を作るメーカーであれば、毎回同じ仕様の設備を繰り返し作っているわけではないので、100%想定通りに進めることが難しく、実際に設備を作る過程で使う機器の変更や追加が出てくることもしばしばあります
メーカーに見込み違いがなくても、設備メーカーの先の顧客から急な仕様の変更が出てくることもよくある話です
また、設備メーカーの担当者も人間なので選定ミスをすることもあれば、発注漏れが発生することも当然あり得ます
FA業界の仕事は部品がないとすごく困るにもかかわらず、後になってから必要な部品が出てくることが珍しくない業界です
だからこそ、必要になった時に注文すればリカバリーが効く即日出荷は、顧客からとてもありがたがられます
「即納体制」を他社が真似しない理由
ここまでは即納体制を顧客視点のメリットで説明してきました
顧客にとってメリットの大きい即納体制はメーカーの競争力を高める要素になります
しかし、実際はFA業界で「全製品で、当日出荷、翌日納品」の即納体制を敷いているのはキーエンスだけです
主力製品や需要の高い製品のみを「標準在庫品」として即日出荷出来るようにしているメーカーは多くありますが、それでも「全商品が即日出荷」というメーカーはキーエンス以外には聞きません
その理由は即納体制がメーカー側にとっては非常に負荷が高く、実現が難しい体制だからです
即日出荷を難しくする要因
FA機器のメーカーが即納体制をとることが難しい理由はいくつかあります
- 製品種類が多すぎる
- リードタイムが長い
- 用意した在庫が使えなくなるリスクがある
- 需要予測を立てるための実情把握がしきれない
- 保有出来る設備には限度がある
ひとつずつ解説していきます
製品種類が多すぎる
FA機器、特に生産設備に使われる制御機器は非常に種類が多い製品です
2018年にMONOistに掲載されていた「多品種少量生産を限りなく自動化に近づけるオムロン綾部工場の取り組み」からオムロンを例に挙げれば、綾部工場だけでも1万8000種類の品種を生産しています
ひとつのメーカーのひとつの拠点で生産している品種だけで2万種類にも近い品種があるのです
何故、このように膨大な品種数になるかと言えば、FA機器は仕様がひとつ変わるだけで製品の型番が変わる製品だからです
例えば、多くのメーカーでラインナップされているLED光源の汎用アンプ内蔵光電センサ
キーエンスのラインナップがこちらです
そしてオムロンのラインナップがこちらです
光電センサの場合は次のような仕様の組み合わせで型番がひとつひとつ違ってきます
- 検出方式
- 検出距離
- 光源
- 出力種別
- 配線の種類
- ケーブル長
メーカーによっては他の要素で更に型番が分かれることもあります
全く同じ製品でも顧客ごとの専用型番として管理しているメーカーもあります
それぞれの仕様ごとに少なくとも2〜5個の選択肢があり、その組み合わせによって最終型番が決まるので、ラインナップしている製品ごとに数種類〜百種類以上の型番に分かれるような状態になります
メーカー全体のラインナップでは型番の数が数百〜数万点にも及ぶこともあり、全製品で即納体制を作るためには、それら全てのラインナップの在庫を置かなけれなりません
後で説明しますが、メーカーにとっては在庫を置くことにもリスクがあるだけではなく、維持管理のコストもかかります
即納体制はメーカーにとっての負担が大きいことから、対応できるメーカーが限られる体制だと言えます
リードタイムが長い
「在庫が置けないのであれば、当日出荷に間に合うように製品を作ればいい」という考え方もありますが、それもFA機器では実現が難しいやり方です
何故かと言えばFA機器は精密部品が集まって出来ている精密機器なので、部品の調達から組み立て、検査だけでもそれなりの期間が必要になるからです
「仕掛かり在庫」とも言いますが、いくつかの型番で共通するところまでは製品を作っておいて、注文が入ってから残りを作るというやり方をとっているメーカーも多くあります
それでも、出荷できるまでに数日〜数週間かかることが多いので受注当日に出荷しなければならない即納には間に合いません
用意した在庫が使えなくなるリスクがある
メーカーにとっては製品の在庫を置くこと自体にもリスクが伴います
次のような理由でせっかく置いた在庫が使えなくなってしまい、廃棄になるリスクがあるからです
- 製品のモデルチェンジ
- 準拠しなければならない規格の変更
- 経年劣化による不具合リスクの増加
- 保証期間による在庫期間の経過
長期間保管されていた在庫は不具合のリスクが高くなってしまいますが、大抵のメーカーは販売後1年程度を保証期間にしています
長期間保管した不具合のリスクが高い製品を保証期間をつけて販売するようなことは難しく、結局古い在庫品は廃棄しなければならなくなります
数千、数万点のラインナップで廃棄が痛手にならないように適切に在庫管理をすることができなければ、即納体制は作れないと言えます
需要予測を立てるための実情把握がしきれない
在庫管理を適切に行うためには、実際の顧客・業界動向を高精度で把握する必要があるのですが、これも難易度が高い話になります
FA業界に多い代理店販売の体制では、正確な需要予測を立てることに対して次のような問題があるからです
- 情報収集の精度が営業マンによってばらつきやすい
- 代理店同士のバッティングで情報がダブる
- 情報収集の優先度がメーカーと代理店では異なる
- メーカーに情報が集まりづらい
- 中間商流が多くの需要と実態がズレる
メーカーの在庫を管理するための情報と代理店の売上につながる情報はイコールではありません
代理店は自社の利益にならない情報を優先して集めてはくれないので、メーカーは欲しい情報が掴みづらくなります
また、メーカーの先の先、先の先の先、という二次店、三次店もメーカーの製品を販売します
そのため、1件の案件の話が複数の商流から入り、実態が掴みづらくもなります
代理店だけではなく、二次店、三次店が顧客に紐づいていない自社用の在庫を手配することもあるので需要の実態は更にわからなくなります
FA業界で適切な在庫管理をしようとするとノイズの多い情報で需要予測を立てざるを得なくなります
情報の精度を上げるにしても数百、数千、数万点のラインナップで高い精度の情報収集を行うことは非常に難しく、現実的ではありません
また、そもそもの話ですが、代理店が顧客から情報収集出来てもメーカーに伝えてくれるとも限りません
機密情報は社外に伝えられませんし、代理店にとっては利益がなければ負荷を増やしてメーカーに情報を伝える旨みがありません
このようにFA業界では需要の動向を正確に知ることが難しいことも即納体制が作りづらいひとつの要因と言えるでしょう
保有出来る設備には限度がある
キーエンスは自社の工場を持たないファブレス企業としても有名ですが、多くのFA機器メーカーは自社の工場を持っています
工場設備を無限に持つことができれば、生産能力によって即納体制を実現させることも出来るかもしれませんが、現実的には不可能です
メーカーは自社の事業規模の範囲でしか生産設備を持つことができません
一時的に需要が生産を上回ることがわかっても、今後を見据えて回収の見込みが立たなければ設備を増設することもできないのです
仮に正確に需要予測が出来たとしても、自社の設備で対応できる上限を超えてしまうのであれば即納体制は作れません
即納体制の強さは「ニーズの高さ」と「実現の難しさ」による
ものづくりの業界で即納体制が強い競争力を持つ理由は「顧客からのニーズの高さ」によるものです
実際にキーエンスの製品でも昔からあるような、他社のと差別化が難しい製品でも「即日出荷」という体制を強みに、他社製品よりも高値で採用されていることは珍しくはありません
下手をすればスペックの高い他社製品よりも高い価格で採用されていることすらあります
そして、その高い競争力をキーエンスが独占している理由は「即納体制の実現の難しさ」にあります
同業他社全体がキーエンスと同じような受注当日に出荷、翌日納品という体制が取れるのであれば、即納体制は当たり前の対応になり他社との差別化ポイントにはなりません
しかし、実際は実現が難し過ぎて同業他社が真似できないため、即納体制はキーエンスだけの強みになっています
キーエンスのUSP(ユニーク・セールス・プロポジション)を実現している具体例のひとつと言えるでしょう
「欲しい時に手に入る」が当たり前の業界では即納体制は大きな強みにはなりません
他社が真似できないことで、顧客の強いニーズを満たしているから即納体制は強力な強みになるのです
「FA業界におけるキーエンスの即納体制の強さ」は本当に意味のある差別化の仕方を考える良い手本だと言えるでしょう